導入事例

豊ファインパック株式会社様の事例

豊ファインパック 代表取締役社長 田中 利希也 様

福井県鯖江市で、産業用との保護包装資材の製造を営む、豊ファインパックの、代表取締役社長  田中 利希也氏に、その営業観と、eセールスマネージャーの活用ノウハウとを聞いた。

豊ファインパック 代表取締役社長 田中 利希也 様

INDEX

豊ファインパックの業態 ~ 産業用の保護包装資材メーカー

-- 豊ファインパックの業態を教えてください。

豊ファインパックは、産業用の保護包装資材のメーカーです。主なお客様は、電子部品メーカーの工場、資材部門などです。メーカーが電子部品を客先に納品する場合、何かに包んで納品するはずです。豊ファインパックは、その包装材、つまり「袋」を作っている会社です。

豊ファインパックが扱っている袋は、単なるビニール袋ではなく、帯電防止袋、サビ防止袋、毒物飛散防止袋、日光遮断袋など、中に入っている物を「保護」する機能を持つ、「特注の袋」です。

現在の年商は5億円。商圏は主に、地元である福井県です。最近は、「包装技術ねっと」というWebサイトも作りました。このサイトを経由する営業の場合は、商圏は、関東や神奈川、埼玉などにも及びます。

eセールスマネージャーは2005年3月に導入しました。

eセールスマネージャーの導入効果 ~ 売上げの一社依存からの脱却

-- eセールスマネージャーを導入しての効果はいかがですか。

経営者の私にとって、最もありがたい効果は、「売上げの一社依存構造」が改善されたことです。かつて、父が社長を務めていた頃は、地元の大手電子部品会社(A社)との取引が、売上げの9割を占めていました。それが今は、A社の売上げ比率は50%まで下がり、そのかわり他の新規取引先が 35%まで上昇しました。かつてはゼロだったWeb経由の売上げも今は全体の15%を占めるようになりました。売上げ自体は横ばいですが、売上げの元(取引先)が健全な形で分散してきました。

なぜ1社で9割という歪(いびつ)な売上げ構造だったのか

-- かつては売上げの9割をA社一社に依存していたとのお話しでした。なぜそんな極端な売上げ構成になったのですか。

父、田中豊が社長であり営業マンであった時代に、A社との関係があまりにも良好になりすぎたことが原因です。

父は、とにかくスゴイ営業マンでした。今でも、昔からの取引先のところにいくと、「アンタのお父さんはスゴイ営業マンだったねえ」と言われます。属人的スキルによるトップセールスとして、相当にイイ線いっていたようです。

「大きな工場に行けば、いろいろな部署がある。ある部署で、仕事がなくなっても、隣の部署に行けば新しい仕事がある。新しい人に出会えば、そこから新しい仕事が始まる」というのが父の考えでした。その考えに基づいて、 A社から次々に仕事を取ってきました。

先代社長の営業観

-- お父様には、一社に売上げが偏ることへの恐れはなかったのでしょうか。

恐がりの私とは違い、父はある意味、気楽な人でした。自分の営業力には絶対の自信を持っており、「(A社の)売上げが落ちてきたら、なに、また俺が営業にいけばいって、どこかから仕事を取ってくればいいのさあ」ぐらいに考えていました。

環境の違いもあると思います。父が営業していた時代は高度成長期でした。産業資材の市場では、常に需要が供給を上回っていました。つまり、「足りない。もってこい。そしたら買ってやるから」という時代です。この時代に営業をして、成功したことで、「いざとなっても大丈夫さ」という感覚が身に付いたのだと思います。

一方、父は、内部留保には極端に気を配っていました。とにかく本業中心、売ったお金は内部留保に回す、堅実経営でした。たくさん売る、利益は貯めるという、シンプルな経営形態でした。おかげで二代目の私は、財務的な苦労は背負わずにすみました。

先代社長におんぶにだっこだった、他の営業マン

-- お父さんが社長兼トップセールスだった時代に、他の営業マンはどんな活動をしていたのですか。

基本的には、父におんぶにだっこ。当時の組織形態は、いわば「豊親分と子分たち」でした。大胆に言うならば、子分達は、独立した営業マンと言うよりは、むしろ親分である父を助ける営業事務マン、納品マン。父が持ってきた案件を、丁寧にフォローし、見積もりを出し、的確に製造手配し、誠実に納品し、リピート客となってもらうのが仕事でした。

当時の営業マンに新規開拓力はありませんでした。飛び込みも一応はやっていました。大きな工場に行って、「何か、困ってないですかあ」と、各部署を回って尋ねるような営業です。そういう営業では、なかなか反応は取れない。よくて「見積もりの当て馬」にされるのが関の山でした。

田中現社長の営業歴 ~ Webマーケティングを通じ、顧客感性を磨く

-- 田中社長の営業歴をお聞かせください。

学校を出てから、商社に就職し、営業職に就きました。。それから**年に豊ファインパックに入社。入社当初は、自社Webサイトの制作に励んでいました。

別に戦略があったわけではありません。当時、営業は父が何とかしてくれているし、世の中を見渡せば、猫も杓子もインターネットだったし、じゃあ自分はWebでもやっていようかなと考えたのです。この時、作ったサイトが、今の「包装技術ねっと」の原型です。

その後、Web経由の問い合わせが、少しずつ増えてきました。それら問い合わせに受け答えする中で、お客様が何を基準に商品を選んでいるのかを分析し続けました。分析してもわからない時には、何でこの商品をウチのサイトから買うのですかと、お客様に率直に質問しました。

そうして得た気づきをもとに、少しずつWebを改善しました。すると次第に問い合わせが増えてくる。ネット経由の売上げも前年比1.5倍~1.6倍のペースで増えてきました。今もそのペースで増え続けています。手応えがあります。

「何だ、商売ってカンタンじゃないか」と正直、思いました。そして理解しました。むやみに飛び込んで、売り込んだからといって、売れはしない。買ってくれる人を見つけて、そに売る方が早いと。

こうして、少しずつ商売とに目覚め始めた頃になって、父が急な病で他界し、二代目の私が急遽社長になったのです。それが入社三年目の事。当時、私は、一番社歴が浅いペーペーの新人だったのですが。

社長に就任してから、力を入れたこと

-- 社長になってから、力を入れたことは何ですか。

まずA社に売上げの9割を頼るという歪(いびつ)な売上げ構造を改めねばならないと考えました。1社で9割はどう考えてもヤバイ。A社が取引条件の変更を求めてきたとしたら。あるいは、工場ごと中国に移転して福井からいなくなったらどうするのか。売上げ 9割が根こそぎ無くなるじゃないか。そう考えると、空恐ろしくなりました。

怖がっていてもしかたがありません。A社以外の売上げを増やすしかない。まずは既存客まわり。ニーズの深掘りから始めました。この時は、Web販売で鍛えた顧客ニーズの洞察力、深掘り力が役立ちました。お客と会話し続ければ、何かの拍子に「こんなのできる?」と話が振られてくる。そこを追求して案件を増やしていきました。

営業マンに、顧客ニーズの掘り起こしを命じてみたが…

-- 他の営業マンには、どんな活動を命じたのですか。

私と同じように、新規ニーズの掘り起こし、深掘りを行ってほしかった。しかし、最初はうまくいきませんでした。当時の営業マンは、ヒアリングも、外回りも、新規開拓のモードになっていませんでした。

まず顧客ヒアリング。営業マンたちに「ちゃんとお客と話していますか」と聞くと、「しています」と返事が返る。しかし、よく聞くと、それは、お客からの「納期教えて」、「包装材の中に環境汚染物質が入っていないか教えて」といった質問に答えているだけでした。

また外回り営業においても、行き先ルートが「納品」を中心に組み立てられていました。「今日は、○○社に納品の用事がある。帰りがけに、近所の工業団地をを訪問しよう」という、やり方でした。

当時の彼らにとって、ヒアリングとは「お客様からの問い合わせに答えること」、客先訪問とは「納品(あるいは、そのついでの挨拶回り)」でした。これでは新規開拓は望めません。

あらためて分かりました。「父は、スゴイ営業マンだった。だけど自分のノウハウを他の営業マンに伝授したりはしていなかったのだな」と。

組織営業を実現するための試行錯誤

-- 「新規開拓をせねばならない。しかし、当時の営業部員にそのノウハウはない」…。その状況の中でどんな行動を取ったのですか。

自ら客先を回って、新規開拓を続けました。次第に仕事も取れるようになってくる。「自分が行って、話せば、仕事が取れるじゃないか。すごいな、俺」と、最初は単純に嬉しく思いました。

しかし、ある日、はたと気づきました。「俺が行ったら仕事がとれるって、それってオヤジの時代と何にも変わらないじゃないか」と。

また「俺が行けば仕事が取れる」というのも、差し引いて考えねばなりません。お客様にしてみれば、「あの豊さんの息子だったら会ってやろう。注文の一つも出して、花を持たせてやろう」という意識もあったと思います。これを自分の実力と勘違いしてはいけません。

このような意識になってから、組織営業を実現するために、様々なツールやノウハウを探しました。最終的に、eセールスマネージャーと出会い、これだと思い、導入を決めました。 2004年のことです。

そして、2年間、活用し続けた結果、冒頭で述べたとおり、A社への売上げ9割依存という異常事態からは、脱出することができました。

eセールスマネージャーによる営業の改善点3点

-- 具体的に、eセールスマネージャーにより、営業プロセスの何が改善されたのかをお聞かせください。

三点あります。第一に、「営業マンが営業活動の費用対効果の感覚を持つようになったこと」、第二に、「各人が、自分の時間活用の無駄を、実感できる仕組みができたこと」、第三に、「お問合せ応対シートの活用を通じ、ヒアリング不足による取りこぼしが減少したこと」です。

第一の改善点、「営業マンが営業活動の費用対効果の感覚を持つようになったこと」

-- 第一の改善点、「営業マンが営業活動の費用対効果の感覚を持つようになったこと」とは具体的には。

費用対効果の感覚とは「100万円受注を取っても費用が120万かかったのでは意味がない」と察する感覚のことです。しかし、この当然の感覚が、当時の営業マン達には希薄でした。改善する必要がありました。

eセールスマネージャーの導入後に、顧客毎の粗利額を棚卸ししました。顧客Aの場合は、一回の取引で、粗利が1~2万円にしかならない。一方、顧客Bは、付加価値の高い商品を納入しているので、一回の取引で 50万円の粗利が出せる。この場合、足繁く通うべきは高粗利の顧客Bの方です。

しかし、現実には営業マンの訪問パターンを調べてみると、顧客Bの所在地が、福井県外だという理由で、ほとんど訪問していませんでした。先に述べたように、「納品ついでに、近くの工業団地を回ってくる」という訪問パターンが一般的でした。工業団地内の各社を順々に訪問していれば、何だか効率が良いような気になります。しかし、「利益を生む(=費用対効果の高い)訪問を目指す」という観点に立つと、その訪問手法はおかしい。

費用対効果の感覚を植え付けるために、「営業マン一人当たりの経費」も試算して、伝えました。営業マンが営業活動することで発生する経費は、給料に、社会保険やら家賃や光熱費やら維持費やら交通費やらを加算すると、ひと月ひとりあたり、約 150万円がかかる計算になりました。150万円を、労働日20日で割り算すれば、一日あたり約8万円。ということは、一日8万円以上の粗利を産み出す営業をしないと、その営業マンの活動は赤字であるということになります。

eセールスマネージャーを使って営業活動のデータを蓄積し、そのデータから導出された数値を、社内みんなで共有することで、計数感覚、費用対効果感覚がが少しずつ営業マンに醸成されてきました。営業マンに、「気づき」、「自覚」が生まれてきました。

第二の改善点、「各人が、自分の時間活用の無駄を、実感できる仕組みができたこと」

-- 第二の改善点、「各人が、自分の時間活用の無駄を、実感できる仕組みができたこと」とは。

社長就任したての、最初の頃に、まず思いました。「営業マンはなんでこんなに会社にいるのか。一日を何に使っているのか」と。

eセールスマネージャーで行動を記録して調べてみたら、「営業マンといっても、実体は納品マンじゃないか」、「一日のうち一番長く使っている時間は車を運転している時間じゃないか」と、いろいろ分かってきました。

その時間の無駄を、円グラフにして印刷し、「これでは営業とはいえないよね」と指摘しました。以後、「営業マンは納品禁止」というきまりを設けました。

eセールスマネージャーの場合、そのように円グラフなどで、「データ」、「根拠」、「事実」を共有できるのが良いと思います。先にも述べた通り、豊ファインパックでは、社長の私がいちばん社歴が浅いのです。そんな人間が、ベテラン営業マンに対し、「あんたの仕事は無駄が多い」と、根拠もなしに指摘したら、皆カチンとするでしょう。

しかし、ツールを使って、正しく記録をとり、一人当たり経費や粗利額も正しく算出して、そのデータを元に話すのであれば、まだ納得を得やすい。皆にデータを見せて、「みんな、一日じゅう、納品ばっかりしているよね。同じ日に、同じ方向に、別々の人が行っているよね。これじゃ利益は出ないよね」と、指摘すれば、得心してくれます。皆の納得を得ながら、改善活動を進めるための、基礎データが得られること。これはeセールスマネージャーのようなツールを使うことの大きな利点です。

第三の改善点、「お問合せ応対シートの活用を通じ、ヒアリング不足による取りこぼしが減少したこと」

-- 第三の改善点、「(ソフトブレーン・サービス支給の)お問合せ応対シートの活用を通じ、ヒアリング不足による取りこぼしが減少したこと」とは。

納品ばかり行っていた当時の営業マンは、顧客ヒアリングが得意でありませんでした。そこで、営業マンには、商談の際に、必ずお問合せ応対シートを持たせることにしました。これにより、ヒアリングの取りこぼしが減りました。

お問合せ応対シートを使う場合、「ぬり絵を塗るように」ヒアリングが行えます。中には、全部の項目にいちいち答えねばならないことを面倒くさく感じるお客様もいらっしゃいます。そういうお客様には、「これ全部、埋めないと、社長に怒られるんです」、「おかしな提案すると、お互いおかしくなるので」と対応するよう、営業マンには指示しています。

少々めんどうに思えても、お客様の要望は、もれなく確実に把握できねばなりません。ヒアリング段階のとりこぼしについては、自分にも、「4年越しのとりこぼし」という経験があります。

「ヒアリングの失敗による4年越しのとりこぼし」

-- 「ヒアリングの失敗による4年越しのとりこぼし」とは、具体的には。

4年前に、ある電子部品メーカーのお客様から、「今の包装を改善したい。お菓子の袋みたいな包装ができるとコストダウンできて良いのだけど、そういうのできる?」と軽いノリで聞かれました。

その包装を実現するには、「合掌貼り」という手法が必要になります。ポテトチップスの袋などお菓子の包装でおなじみの手法なので、きっと簡単だろうとお客様は考えたようです。しかし、合掌貼りを、極小の電子部品の自動包装に応用するのはけっこう難しい。「できなくもないが、やるなら本気で取り組まないとできない」というレベルの課題でした。

その時の私は、「お客様は、何だか軽いノリだ。本気度が見えないな」と考え、「むずかしいですね」と答えました。「できない」とは言わず、「むずかしい」と答えておけば、余韻があるだろうと考えたのです。

その後、お客様は何も言ってこなくなりました。私は「ああ、やっぱり本気じゃなかったんだな」と思い、その案件のことを忘れました。

それから4年後、別の案件で、そのお客様を訪問したときに、何とお客様は4年経った今でも、合掌貼りの包装に取組み中であると分かりました。「そ、そんな、私は、難しいとは言ったけれど、できないと答えたわけではなかったのに…」と思いました。

そのお客様とは、合掌貼りを応用した、新しい包装方式を、今、共同開発中です。

自分の思いこみで、勝手にヒアリングをやめて、お客様を4年もお待たせしたことを申し訳なく思います。また、4年前に、eセールスマネージャーやお問合せ応対シートを導入していれば、こんな取りこぼしはなかったのになとも、今にして思います。

eセールスマネージャーはどんな会社に向いているか

-- eセールスマネージャーはどんな会社に向いていると思いますか。

社歴が浅い二代目が、急に社長になった会社、つまりウチのような会社に向いていると思います。社歴が浅いのに、いきなり社長。まず会社の現況を知らなきゃ行けない。でも、何もわからない。社員に聞くのも恥ずかしい。そういう時にeセールスマネージャーのようなツールがあると、会社の最も大事な業務「営業」を把握できます。そのデータをもとに指示もできます。

逆に言うと、近々、息子に会社を継がせようとしているオーナー社長は、自分に何かあったときの保険代わりにeセールスマネージャーを導入してもいいかもしれないですね。

ソフトブレーン・サービスへの今後の期待

-- ソフトブレーン・サービスへの今後の期待をお聞かせください。

私は、何を買うかと同じくらいに、誰から買うのかということを重要視しています。「eセールスマネージャーを、”他でもないソフトブレーン・サービスから買った”」ということに意味があります。私は、お金を払うからには、その会社と、協同意識、あるいは共犯意識を持ちたいのです。

ソフトブレーン・サービスは、口だけのコンサルティング会社、あるいは情報起業のような言いっぱなし会社にはならぬようお願いします。今の熱さ、情熱を、今後もずっと持ち続けていただき、その熱気をもって、今後も豊ファインパックの営業の組織化、プロセス化の推進をお手伝いいただきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

お忙しい中、有り難うございました。